今時の魔道士 - 第五章 戦う者達
外は相変わらず晴れ渡っていた。
今まで戦っていたことなど嘘のような青さだ。
もっとも、雨が降っていたら困るが。
今、佐倉達は車に乗って、数人の職員とともに総帥の車を追っている。
車内では、また加賀と佐倉の会話が始まった。
「何なんだよ、さっきの奴ら。」
「まぁ、簡単に言えば魔法庁を乗っ取ろうとしてる奴らだな。」
「ふうん。」
魔法庁って、乗っ取る価値があるのだろうか、と佐倉は思った。
そういえば、魔法庁ってどんなところなのか、まだ詳しく聞いていない事に気付いた。
そんな彼女の考えを察したのか、加賀は説明し始めた。
「魔法庁ってのは、日本全国の魔道士を管理する役所だ。魔道士に関する全ての権限を持っている。」
「魔道士って、そんなにいるのか?」
「ああ、全国に何十万といるらしい。」
「そんなにいるのか?それならもっと一般的になってそうだが…」
「魔道士は存在自体知られないようにしなきゃならないからな。どこの国でも、普通は知らん。」
「何でだよ、便利そうじゃん。」
「まぁ、まず安全性が分かってない。それに、事件が増えそうだ。あと、魔法を一般的に使った国は全部すぐに滅んでいるらしい。」
何か悪いらしい、ということは分かったが、それ以上はよく分からなかった。
それに、ここまでいろいろと起きたせいか、疲れを感じる。なかなか考えがまとまらない。
考えるのをやめてゆっくりしよう、と思った。
「オレは少し寝るよ、何か疲れてさ…」
佐倉は座席によりかかったまま、目を閉じた。
しばらくは走行音のみが聞こえた。
普段なら静かな時は雑談している加賀と秋山だが、二人も戦闘で疲れていて、話す余力があまりなかった。
加賀は何気なく横を見た。佐倉が気持ち良さそうに寝ている。
その口調と今までの忙しさからあまり気にしていなかったが、こうして見るとなかなか可愛い顔立ちだ。
美人というわけではないが、十人中十人くらい可愛いと言いそうな、そんな感じ。
学校では人気者なんじゃないだろうか。
もしかしたら、彼氏がいるかも…
…いや、まだ早いだろう。
それに、あの突っ張った言葉遣いが少し近寄りがたくしていそうだ。
……
そんなどうでもいい事をなぜ考えているのだろう。
思ったより疲れているのかもしれない。そういう時は、寝るのがいい。
「じゃ、俺も寝るから、着いたら起こしてくれ。」
「え、おい、待ってくれ。…僕だって寝たいのに。」
秋山は一人、孤独にハンドルを握っていた。
少し時を戻して、場所はある都内の駅前のゲームセンター。
学校ではとっくに二時間目が始まっているはずだが、ここには学生風の人がちらほら見える。
中でも中学生くらいの少年は、周りより明らかに若く、とても目立っている。
周りが髪を染めたりピアスを付けていたりする中、彼だけは何もないのも、目立つ原因かもしれない。
彼は、格闘ゲームの台に座り、対人戦を始めた。
「へっ、矢崎様の力、恐れ入ったか!」
十数秒で勝敗は決まった。画面には彼の体力ゲージが、最大に近い状態で映っている。
この時間帯、ここには遊びで入っている人はいない。CPU相手なら楽勝と豪語する者ばかりが集まっている。
特に何もない駅だが、なぜかそういう猛者が集まる隠れた名店になっている。
その中でもこれほどの実力差が付くのは、別格である。
相当入り浸って入る証だ。
その後も何人か挑戦して来たが、皆ことごとく敗れ去った。
「さて、キンパツの授業も終わったはずだし、そろそろ学校に行くかな。」
一応、学校には行くつもりらしい。
カバンを持ち上げると、彼は外に向かって歩いた。
ポケットには、先ほどまでの賭け勝負で得た百円玉が何枚も入っている。
「…何か商店街の辺りが騒がしいな。ま、どうでもいいか。」
彼は商店街を背に歩き出した。騒ぎに興味はないし、少し遠回りになる道を通る意味はない。
三歩歩いた所で、ふと、商店街を駆け抜けた少女の事を思い出した。
「まさかあいつが車に轢かれたり…なわけないよな。もしそうだとしても見に行くほどじゃないな。ないよな。」
しきりに頷きながら、少年は商店街の騒ぎから遠ざかった。
それとほぼ同時刻。楓中学校では、休み時間に入っていた。
教室では、あちこちで生徒が集まり、雑談から討論まで色々と話している。
ここにいる女子二人も、そんな集まりの一つだ。
「ナユ、結局来なかったねぇ。」
「心配だねぇ〜。放課後、家行こっか〜?」
「そういや、キンパツ、何も聞かなかったね。矢崎の時は初めはちゃんと聞いてたのに。」
「え〜、そうだったかなぁ〜?」
「そうだよ。ま、今は全然だけどね。」
そこへ、教科書を持った女子が入ってきた。
「キンパツが矢崎の事を聞いたのは三連続休んだからでそれまでは今日みたいに出欠だけのはずだよ。」
彼女は、少し速めに、一気に言い切った。
言いながら教科書を置き、手頃な椅子を引き寄せ、すぐに輪に入る。
「あー、そうだっけぇ。じゃ、今日の反応は普通なのかぁ。」
「ところでここまで来る間に誰もナユの話してないけど気にならないのかな明日槍が降るかもしれないのに。」
「いや、そんなに気にならないよ。あたしらみたいに親しいわけじゃないし。」
「そう言われればそうかもしれないね大して気にする事でもないし。」
「そんなもんかなぁ〜。」
その時、チャイムの音が聞こえた。
その音で集団が次々と崩れていく。
「あーところで二人とも昼休み集合ね会議するから。じゃ。」
「わかったぁ〜。またねぇ〜。」
「へーい。ていうかあんたさ、またねって同じ教室だし次の休み時間にすぐ会えるじゃん。」
「あ、そーだねぇ〜。」
秋山の前を走っていた数台の車が、近くの路肩に停車した。
秋山も手頃な路肩を探し、停まった。
「二人とも、着いたよ。」
振り向いて、後部座席の二人に呼びかけた。
佐倉の寝顔が目に入った。
寝顔だからなのか、やけに可愛く見える。
思わず、見入ってしまった。
「んー、ようやく着いたか?……お前、何してんだ?」
少し間を空けて、加賀が起きた。秋山に呼びかけたが、反応はない。
「秋山?」
もう一度呼びかけた。
秋山はようやく、少し驚いた感じで振り向いた。
「…もしかして、見とれてたか?」
「なっ…ち、違う、違う。大体、僕は年上が好みだし。」
「へぇ、初耳だな。」
「あれ、知らなかったのか。とにかく、年上なら多少離れていてもいいけど、年下は興味ないな。」
「そうなのか。じゃ、うちの上司とかは?40近いけど。」
「紹介してくれるのか?」
「乗り気かよ…俺には理解できねぇ。」
「んー、おはゆー…」
二人が騒いでいる間に、佐倉が起きたようだ。
「おはよ」ではなく「おはゆ」に聞こえた気がしたが、そこは聞き流した。
「よぉ、ようやく起きたか。」
「あ、おはよう。」
「あー…加賀…ってことは、夢じゃないのかあ。」
まだ少し眠そうな声に、失望の声が混ざった。
「…その様子だと、記憶が戻ったとかもなさそうだな。」
「うーん、ないな。」
「じゃ、この子も起きたし、そろそろ行こうか。」
「そうだな。」
三人は車を降り、建物に向かった。
どこか見た事があるような気がする建物だ。
「ここって…」
「まあ、近所ですぐ使える場所っつったら、ここしかねえだろうな。」
そこは、佐倉が介抱されたビルだった。
中は様子が変わっていた。
まず、掃除されている。きれいではないが、ホコリっぽくない。
また、壁には急ごしらえの壁紙みたいな物が張ってある。
天井にも電灯が点いている。これは前にあったか覚えてないが。
最大の差は人がいることだ。
人数は6人くらいだろうか。4人が戦闘練習、あとの2人はそれぞれ一人で何かしている。
それだけで、前の殺風景と違って随分明るい印象を受ける。
「で、ここで何するんだ?」
「戦いの準備だ。これから戦いがあるから、それまでに肩慣らしとかしておくんだ。」
「戦いってさっきみたいなのか?」
「あれは奇襲だったからな。今度は正々堂々とした戦いだし、場所が広いから少し変わる。」
「ふーん。」
戦う理由とかは聞かないことにした。多分、答えられても分からないだろう。
それに、今はじっとしていたくない。
前の戦いでは何も出来ず、疎外感を感じた。
次の戦いがあると言うなら、それまでに戦えるようになりたい。
戦闘練習の時間なら、戦い方を教えてもらうことも出来るだろう。
「ところでさ、戦い方教えてくれないか?」
「…戦う理由とか聞かないのか。まぁいいか。で、戦い方を教える前にだな。」
加賀は紙袋を差し出した。
車から降りたときから持っていた物だが、建物にばかり気を取られていた佐倉は、今、その存在に気付いた。
中はあまり入っていないようで、受け取ってみてもほとんど重さはない。
「これ…服?」
「ああ、制服で戦闘させるわけにはいかないからな。」
「そうだな、これじゃ動きづらいし。」
そこに、買い主の秋山が珍しく口を挟んだ。
「一応、男物なのは文句を言わないで欲しい。」
「…ん?何でだ?」
「あ、いや、気にしないのなら別にいいけど。」
別に何ともない会話に聞こえるが、この会話から加賀はある事を思い出した。
魔法庁の時は慌ただしくて結局言えなかったが、今はそんな急なこともないだろう。
言う機会があるとしたら、今だ。
「あのさ、佐倉。お前、女だから。」
「…え?」
どうやら佐倉には意味が伝わっていないらしい。
「何でそう思ったかは分からないけど、お前、男じゃないから。」
「え、ど、どういうこと?」
それきり、二人とも黙ってしまった。
途中、二人ほど通りかかったのであいさつしたが、それ以外は何も言わないまま、長い時間が過ぎた。
十分は経っただろうか、それとも三分も経っていないのだろうか。
重い空気を断ち切ろうと、秋山が口を開いた。
「加賀、やはり突然…」「わかった。」
佐倉の声が重なった。
話す理由を失い、しかし言いかけで終わるのも気が進まず、秋山はどうするべきか決めかねた。
そんな事は気にせず、佐倉が続ける。
「オレも何か変だとは思ってたんだよ。そういうことだったのか。」
「よかった、納得してくれたか。」
「いや、まだ気分は男のつもりだけどさ。」
「ま、今はそうだろうな。そのうち変わる。」
佐倉と加賀のやり取りが再開されたため、秋山は言いかけで終わることを選んだ。
面倒な事はしないのが彼の信条だ。
「で、ところでさ。」
「ん、どうした?」
「女っぽくしゃべったほうがいいかな?」
「どうかな。ちょっとしゃべってみて。」
「あ…うん。こんな感じで、どうか、かしら?」
「…今の言い方、無理を感じた。やめとけ。」
そうこうしている間に、部屋はすでに十数人に増えていた。
ただ、まだ空間には余裕がある。
戦闘訓練のために人払いしている人もいるが、そのスペースも合わせてもまだ何十人も入る余裕がありそうだ。
三人は奥の方に移動した。
ここで佐倉と秋山は実戦訓練、加賀は適当にうろつくとの事だ。
「って、加賀、適当にうろつくって何なんだ。」
「2vs1じゃ多すぎだろ。俺はそこらの奴と遊んでくる。じゃ。」
「お、おい、この子の相手は君の方が適任……逃げられた。」
秋山は訓練相手を見た。
戦闘力、不明。戦闘スタイル、不明。ろくに話した事すらない。
そもそも実戦経験すらないに等しい。
そんな子を相手に実戦訓練など無理な話だ。
だが佐倉を放っておくわけにもいかない。
総帥への報告も満足にできなかった人にできるかは分からないが、戦い方を教える他ない。
「えーと、君、戦い方とか、分かる、かな?」
「オレはまだ許す気はないからな。」
佐倉の返答と質問の関連性が分からない。
すぐに会話が止まった。
秋山は彼なりにしばらく考えていたが、結局聞くことにした。
「えと、何の話なんだ?」
「初めて会った時に何度話しかけても無視されたの、忘れたわけじゃないよな。」
それは彼にとってはどうでもいい事だった。
だから、言われるまで忘れていた。
それにあの場は他に対処のしようがなかった。何からどう話せばいいか、全く見当が付かなかったからだ。
「だから、訓練はするけど、あんたを許したからじゃないからな。」
彼としては別に許してもらう必要はない。
ただ、とりあえず謝っておこうとは思った。
「あ、ああ…ごめん。」
「あ、う、うん、ありがと。でも許すわけじゃないからな。」
謝った所で、彼はこの件を一応解決としておいた。
今の目的は戦闘訓練であり、この件はそれに全く関係ないからだ。
佐倉の方からも続ける様子がなかったので、話題を元に戻すことにした。
「で、戦い方とかはわかるかい?」
「もちろん、全然。」
「…………」
普通の女子学生なら戦闘経験がないのは当然だ。
だが、どう教えればいいか。
考えた結果、一つの結論に達した。
「習うより慣れろ」
あとがき:
何だか真面目に話が進んでいる気がします。
もう少し軽くならないかな。
重苦しい展開はあまり好きじゃないです。
第六章の予定は、
・佐倉、戦う。
・矢崎、登校する。
・そして世界は回りだす(何)
最後のやつは気にしないで下さい。それではお楽しみに。