今時の魔道士 - 第一章 都心の事件
今日も窓から暖かい日差しが差し込んでいた。
あたしは枕元の時計を見た。5:15くらい。ひっくり返ったりはしてない。
日が差すのにはちょっと早い気もするけど…そろそろそんな季節かな。
とにかく、学校に行く準備にはまだ早い。もう少し寝てよう。
……
「由紀ー!」
………
「さっさと起きなさーい!」
……………
まだあれから数分しか経ってないよね?何でママはあんなに騒いでいるんだろ。
学校に行くのは七時半頃。だから、まだかなりの余裕があるはず。
念のため、もう一度時計を見た。さっきと同じ。
…同じ?
あたしは時計を見つめた。分針が動く様子はない。秒針も動いていない。
これってつまり。
「ママ!今何時!」
「七時よ。部屋の時計、ちゃんと見なさい。」
やっぱり止まってた。
ママに電池の取替えを頼んで、あたしは洗面所に向かった。
ざっと考えて支度時間は30分。ギリギリ間に合うかな。
そんな希望を打ち砕く第一の壁。
顔を洗ってリビングに入ったあたしを待っていたのが。
「魚…」
焼き魚。一匹丸ごと。
うちには食べ物は残してはいけないという鉄のルールがある。
つまり、全ての身を食べるまで学校には行けない。
なんて時間のかかるメニューだ。温める必要がなかったのが、せめてもの救いか。
隣にはのんびりと食べている兄貴がいる。
「由紀、がんばれー。」
黙れ兄貴。ていうかあんたも遅刻するんじゃ。
言い返したいけど今は食べている最中。余裕ないし。
「満介、あんたも急ぎなさい!」
「今日は開校記念日で休みって昨日言っただろ?」
ああそう。こんなに忙しいのはあたしだけなのね。
パンをくわえて走る子の気持ちが何となくわかった気がする。
結局急いで食べて25分。まだ走れば何とかなるかもしれない。
そんな希望も打ち砕く第二の壁。
制服に着替えて玄関に向かったあたしに、予想外の事態が起こった。
「由紀、忘れ物ない?」
「当たり前じゃん、昨日準備したんだから。」
靴をはき終わったあたしには、この後の事態を予想できなかった。
「筆箱とか、ちゃんと確認した?」
「大丈夫だよ、昨日シャー芯入れ…」
今思いだした。
確かに昨日シャー芯を入れた。
そのまま、机の上に置きっぱなしだ。
あたしはさっきはいたばかりの靴を脱いで部屋に戻り、ペンケースを急いでカバンに入れた。
ついでに時計を見た。7:35。
次の電車に乗れば、走って間に合うのかもしれない。
「行ってきます!」
あたしは、勢いよく家を出た。
今日占いを見たら、きっと一番悪いな。
「よう佐倉。こんなところで会えるなんてな。」
電車内で呼吸を整えていると、向こうから制服の男子がやってきた。
第三の壁、これが一番の難関かもしれない。
同じクラスの矢崎。通称、遅刻キング。
なぜかあたしによくからんでくる。
こいつに関わっていると間に合うものも間に合わなくなりそうだ。
「あんた、意外と電車は早めなのね。遅刻やめられるんじゃない?」
とりあえず、返事はしておく。
あまり話したくはない。特にこいつとは。
でも、返事はしないと後で何があるか分からない。
「無遅刻クイーンには遅刻の素晴らしさが分からないんだねえ。」
こいつが広めたあだ名、無遅刻クイーン。それしか能がない、という意味がこもっているらしい。
このあだ名から矢崎の仲間からは二人合わせて「楓中学の王族」なんて呼ばれる。
こっちはあまり広まっていないからいいが、こいつと合わせて呼ばないでほしい。
「あんたの変な価値観なんて分かるわけないじゃん。」
「一度遅刻してみれば分かるかもよ?」
『えー、次はー…』
ようやく駅に着くらしい。降りたらこいつに追いつかれないようにすぐに走ろう。
「あたしはね、あんたの考えなんて分かりたくもないの。」
「遠慮はいらねえよ。何ならこの矢崎様が直々に教えてやろうか?」
もうすぐドアが開く。
周囲に邪魔になりそうな物はない。
走り出すのに問題はなさそうだ。
『お降りの際は、お忘れ物、落とし物をなさいませんよう…』
「おい佐倉…」
スタートは好調。今の所、追いつかれたような気配はない。
定期もスムーズに取り出せた。
改札を抜けて、駅前の商店街に出た。
少し余裕が出たので振り返ったが、矢崎はいないようだ。
時計を見た。初めての状況だからよく分からないが、もしかしたら間に合うんじゃないだろうか。
あたしはさらに走り続けた。
この商店街は普段からそんなに人通りがあるわけじゃないから、走るのは楽だ。
あたしが十字路にさしかかる少し前、そこをトラックが右に横切った。
あたしもそっちの方向に向かった。駅があるからだ。
道はトラックが通ったばかりで人はまだ路肩の方にいる。
だからあたしは道の中央を走った。
それが、第三の壁すら小さく見えるほどに大きな第四の壁となるとも知らずに。
突然、前方で激しい音がした。
さっきのトラックが他の車とぶつかったらしい。
野次馬で人が集まると通りにくくなるなあ。
確か、塞翁が馬、だっけ。こういう事を言うんだろうな。
すると、トラックの荷台から何かが飛び出した。
そのまま、猛スピードで向かってくる。
……
…………………
あれって、多分、イノシシでしょ?
実物を見た事はないけど、何となくそんな感じなんだけど。
今の衝撃でオリが壊れたのかな。
絶対に狙われてるよこれ。
ちょっと、どうすればいいの?
ねえどうすればいいのこれ?
人間、危機に面すると何をするか分からないらしい。
この場合のあたしは、イノシシを蹴った。
何故避けようと思わなかったのか、分からない。
サッカー部でもないのに蹴ろうとした理由も分からない。
とにかく、蹴った。
その瞬間、閃光が見えた。
そして、轟音。
その後の事は覚えていない。
ただ、気絶間際に、やっぱり占いは最悪だっただろう、と思ったかもしれない。
「何の音だ?」
「さあね。近いから行ってみるかい?」
そんな会話をしながら、サラリーマン風の男が二人、車で商店街に向かった。
二人とも特に特徴はなく、強いて言えば運転席の男の方が助手席の男より少し背が低い。
目的地の近くはすでに何人か見物人がいた。
「…魔法か…」
「どうする?」
「うーん…やはり連れて行くべきじゃないか?」
二人は、倒れていた少女を車に運ぶと、また車を走らせた。
あとがき:
ついに待望の小説が出ました!誰も待ってない?ま、そう言わずに…
ちなみに、第一章で予定していたことは、
・家である程度の情報を出す。
・駅から走る。
・イノシシを蹴り飛ばし、轟音を響かせておく。
・最後に二人が連れ去る。
矢崎君が出てきたり、「無遅刻クイーン」のあだ名がついているのは書いている途中に出来た設定です。
ちなみに、なぜイノシシなのか、なぜ殴るじゃなくて蹴るなのかは不明です。